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詩人たちの独り言

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忠義と恩と闇の色

記憶の中に残っているのは
微笑みながら撫でてくれる手の感触だけ。
それがもう還らないと知った寒い冬の日
行き場の無い自分に手を差し伸べたのはあの人だけだった。
時は霜月、冷た過ぎる空気の中で一人。
その空気に溶け込む薙は小さく息を吐いてふと目のあった一人の男に微笑みかけた。
「どうされましたか、東様」
「様、は止めてもらえないかい?仮にも私は君の親なのだから」
「…すいません、そう呼ぶようにと言われていたので」
「まぁ、我儘を言っているのは百も承知だよ」
「はい…」
そう言って目を伏せる薙に東は口元に苦笑を残して髪を撫でる。
それに些か驚いたのか薙はちらりと此方を見上げた。
当然、視線がぶつかり東は苦笑をより深めて困り顔を作ってみせる。
「此処は辛いかい?」
「いえ、そんなことはっ」
「気を張らなくていい。お前は私の元に置いておくべきだったね」
「そんな…十分、良くして頂いています」
そう言って薙はまた目を伏せる。撫でる手を止めた東は大きく息を吐いた。
「風当たりの良くないことくらいは耳に届いているよ」
「…それは、仕方の無いことです。僕は庶子なのですから」
「母を恨むかい?」
「そんな、まさか」
「君は優しいね」
そう言って東は笑った。
僅かに冷たくも厳しい姿を見せる秋空の下
滅多に見ることのできない屈託の無いそれに薙は僅かに驚いた様子で目を見開く。
「どうかしたかい?」
「…いえ、なんでも」
その表情の変化を目敏く見出した東が問う。
それに頭を振った薙は静かに笑みを浮かべた。
「冷えますね」
「そうだね」
「風邪にはお気を付け下さい」
「…君、一体私を幾つだと思っているんだい?」
そう言って不機嫌そうに眉を顰めて、髪を撫でていた手が薙の頬を抓る。
「っはは、間抜け顔」
「ひどいです」
年相応に拗ねてみせる薙に向かって、東はまた小さく笑みを浮かべた。
そして漸く立ち上がる。
「さて。そろそろ行こうか、薙」
「はい、我が主」
答えた声には一切の迷いも微かな笑みさえ消えていた。
身寄りを亡くした自分に手を差し伸べてくれた彼の人。
その手にひかれて足を踏み入れたのが闇の中だったとしても
それでも、ただ純粋に想うのは…。

2008年11月16日 21:14  by 

コメント一覧 2件中、1~2件表示

  • 短編を書くのは難しいとよく言われますよね
    読み応えしっくり さっくり

    素敵な投稿ありがとうございました

    また楽しみにしています

    2008年11月29日 21:43 by

  • 1000文字以内で『小説』を書いてみたら一体どうなるかと
    ずっとうずうずしていまして遂に実行してしまいました。
    …む、ずかしいですね、ハイ・x・
    限られた文字数での表現の限界を見ました。
    なんと底の浅い…精進ですね;;

    若かりし頃の我が家の主従でついつい突っ走ってしまいましたので
    以下、補足説明です。

    ・薙(なぎ)→現在は柳(やなぎ)と名を改めました。
    柳屋番頭である東の小姓。
    東の気紛れで拾われた庶子。
    屋敷守(柳屋の分家)の嫡男として地位を与えられてはいるものの
    母が遊女ということで本妻の子ではない。
    その為、冷遇されていたところ、見兼ねた義姉の申し出で
    本家である柳屋へと住まいを移すことになる。

    ・東(あづま)→本編ではあずまと表記されています。
    柳屋番頭。
    色々と裏で画策して地位を守りぬいている策士。
    実は彼も庶子。
    薙を拾ってきた張本人なので彼の義姉の申し出を断れるはずもなく、
    気紛れで拾った子供の成長も見たくなったため、今に至る。
    確信犯に見せかけて、実は相当の気分屋。

    ハイ、ここまで説明しなくては意味の分からない小説になるだなんて
    思いもしませんでした…;;
    また長いものを投下しにくるやもしれませんが
    生暖かい目で見て下さると幸いです。
    今度は説明文ナシの分かりやすい設定の小説を
    書けるように頑張りたいと思います。

    それでは、失礼致しました(深礼)

    2008年11月16日 21:31 by