第一弾のリレー小説ですよ
援護者・・・恋人達の逆位置 気が変わりやすい。目移り。非協力的な態度。いい加減。波乱。気まぐれ。
敵対者・・・つるされた男の正位置 試練のとき。身動きできない。中途半端な立場。困難。
過去・・・死の正位置 失敗。突然の変化。過去を捨てる。苦境。破壊。行き止まり。手遅れとなる。
というしがらみのもと
お話をくりひろげます
『石瀬醒様』→『 四方飛妖様』→『銀様』→『私、ウィスペル』→『葉様』→『 いき♂様』
の順番ですっっ
皆さん頑張りましょうっっ
2008年02月28日 22:25 by ウィスペル
18
パタ、という足音は一人のものだ。半分寝ていた頭でそう判断しつつ、送狼は廊下の窓から外へチラリと目をやる。
病院はさびれた住宅街の中にある。病院の周りに、明らかに様子のおかしい人間が複数、いた。
送狼は一つため息をつくと、ジーンズのポケットから超小型、重さは10gもない無線機を取り出し口に当てる。
その無線機の先にいるのは、病院を望める程の高さがある廃ビルで狙撃銃のスコープを覗き、『化け猫』を隙あらば撃ってやろ うと身構えていたフェン。
「おいフェン、聞こえっか?」
『聞こえるんだねっ、どうぞ』
「今病院なんだがよ、病院の周りにアブナイおにーさんたちがいっぱいいんの、分かるか?」
あー、という納得したような声が無線機から漏れた。
『送狼一人でいい?』
「良かったら連絡しねぇよ。お前助けに来いって、何人か残しとけよ、どこのお人か聞き出すから」
『しょーがないんだねっ、貸し一つなんだねっ』
「ハイハイ、」
深くため息をついて、無線機をしまい込む。そして凭れていた体をようやく起こす。
「連絡はすんだようだな」
「まぁな、あんたどこの人だ?それさえ聞かせてくれれば無傷で返したり楽に殺してやったりするんだけど」
「選択肢に差がありすぎるぞ」
ヒョロリと背の高い、男だった。平凡なサラリーマンのような格好だったが、通勤鞄は持っておらず、代わりに拳銃を提げてい る。
「大体、どこの人間かなんて言うわけがないだろう」
「俺は言うけどね、言わなきゃオフクロに怒られる。怖いんだぜ?なかなか」
「言われなくても分かっている、『百鬼夜行』、【狼】の送狼。『百鬼夜行』でもトップクラスの殺し屋、」
「そりゃどうも、名前が知られていること程嫌なことないんだがな」
「黙れマザコン」
『百鬼夜行』は、ハーリティを母と呼ぶ。つまりその組織員は全員、ハーリティの義理の子供なのである。
故に、かなりの脅威。
子供は母を守ろうと最善をつくし、ハーリティは子供を守ろうと最善をつくす。
ちなみに『百鬼夜行』では、仲間殺しは絶対にない。そうなったら一生続く地獄の苦しみが待っている。
「マザコンね・・・そいつは」
ジャキ、と送狼は向けられた銃口に臆することなく、言葉を続けた。
「俺たちにとっちゃ、最大の賛辞でね」
17
真木の「北朝鮮の工作員はどんな動きをしているんだ?」という質問を先読みして、ヤタはスラスラと答えた。よっぽど頭の回 転が速いらしい。
ロシアの名前が出た所でヤタはくつくつと、愉快そうに笑う。
「日本は、この国はどのような対応をしているんだ?」
その質問にふとヤタは、真剣な目の色をチラリと見せた。しかしそれは一瞬で消えて、冷静な底の知れない光に戻る。
「アメリカの言いなり、とお思いでしょうか?」
「十中八苦、そうだろう」
「ところが、今回ばかりは違います。このアメリカ化された国家は、これを機にアメリカの干渉から逃れようとしているようで。 アメリカから、真木さんの情報を寄越せと言われた時にこれを突っぱねた」
「そんなことをしたら国際問題、アメリカから経済的な制裁が来るだろう」
「何、ご心配はありません。日本政府はもはやアメリカという国に見切りをつけています。大雑把な言い方ですが、日本という国 は技術力という点で、アメリカをはるかに抜き去っているのです。日本製品はもはや世界製品と言い換えても過言ではない程、世界中 で使われています。自動車という分野ではドイツが同等の立場にいますが、その他では追従するものは皆無と言っていいでしょう。そ の製品を売っていけば、日本は十分自立し一人歩きしていけるのです。そして、その技術力はこの遺伝子という分野においても言える 事で」
つまり、どの分野でもトップを走っている日本という国に対し、その技術を盗もうとする世界と、独走態勢を守ろうとする日本 。
永久に終わらないマラソンの、トップ争い。
「その争いの一つであり、現在最も激しく、また軍事力も介入してきたとしても不思議ではない、そんな争いがこの『STYX』 の奪い合いなのですよ」
「そんな、大きなことに・・・」
送狼は病院の廊下で一人、病室のドアの横に、目を瞑って壁に凭れてだらしなく立っていた。
黒のTシャツにジーンズというシンプルな格好に加え、今日は腰に一振りの日本刀を差している。長さは大体80cmと少し、 黒い鉄製の鞘に収まった、見事な刀だった。
パタ、という足音が院内の廊下に響く。明らかに革靴のもので、看護師や医師の靴音ではない、堅い音だった。その音に、送狼 は凭れていた身を起こすわけでもなく、薄く目を開けただけだった。
16
「お前一人か?」
「いえ、廊下には飢えた狼が控えていますよ、それに『百鬼夜行』の人間を手にかけた場足、百どころの騒ぎではない数の鬼があ なたの首を狙いに来ることを忘れないことですね」
さらりと交わされた会話は、真木の耳を通ることはなかった。
「ヤタ、君か・・・?君は先ほど家族と言ったが、家族は無事なのか?仲間の家族は、」
「あぁ、あなたは確か、ご両親を早くになくし現在独身の方でしたね。大丈夫ですよ、調べている連中はプロです。今はまだ前哨 戦も始まってはいない、今のところは何もされてはいないでしょう」
「今のところは、とは、」
「そこのところも聞かれるだろうと思い、今回僕がお話に参ったのですよ」
素人の方はまず家族、とヤタは呟く。てめぇらも同類だろうが、と『化け猫』はその呟きに対し吐き捨てた。
「さて、今からのお話には少々真木さんに酷な部分もあるやもしれませんが、どうかお聞き下さい」
ヤタという好青年の顔から、笑顔が消えた。
「あなた方研究チームの方の死体、その全てを世界中が求めています。腕一本、指一本でもとね。その理由は真木さん、お分かり でしょう」
「我々、研究チームだったものの誰かに『STYX』が注射されていないか、または『STYX』に関する実験の被験体となって いないか、調べるためだろう」
「ご名答です。被験体だった方の死体、その遺伝子を調べれば『STYX』の情報が得られる、その可能性はもはや九割を越して いる。その中でも唯一、見つからないと騒がれているのは真木さん、あなたの死体なのです。このことから、世界はあなたが『STY X』の完全な遺伝子保持者であると見なしています。今は各国が牽制しあっているような状態なので大きな動きは見られませんが、水 面下での争いはとても激しい」
「それは、」
「無論、北朝鮮の工作員たちが一番動きが激しくなっています。その他にはやはりアメリカ、中国なども大きいですね。これら二 国に欧州のイギリス、ドイツが続きます。ロシアは様子見ということでしょうか、まだ大きなそれほどの動きは見せていませんね。あ の国らしい、」
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「ま、『百鬼夜行』の刺客どもに俺が隙を見せなけりゃいい話だ」
『化け猫』はそう、締めくくった。
その時、病室の外の廊下でコツコツと、革靴のような足音がした。足音はピタリと、真木の病室の前で止まり、ガチャリとドア が開けられる。
「失礼します、こちらに真木聡介さんが入院してらっしゃると聞いたのですが」
その声は随分と若々しかった。身なりの良い、若い凡庸な顔立ちのスーツ姿の好青年が、ニコニコとその顔を微笑ませながら、 ドアを開けていた。その姿は若いという以外に何の特徴も無い、顔を見ても到底記憶に留めておけそうにない凡庸っぷりである。
「・・・・・・『百鬼夜行』、【烏】のヤタか」
「おや、『化け猫』さんじゃあありませんか。まだお元気だったとは驚きです。あなたのようなご高名の方は常に命を狙われてい そうなものなのですが」
遠まわしにくたばれ、と青年は『化け猫』に言う。好青年ぶりはどうやら建前らしい。
「そしてそちらが、真木聡介さんですね。始めまして、『百鬼夜行』、【烏】のヤタです。名刺の類いは残念ながら職業上持って おりませんものでお渡し出来ませんが、どうぞお見知りおきを」
真木は初対面の人間が自分の名前を知っていることに、強烈な不安感と驚きを覚えた。
そのことを表情から見て取ったのか、ヤタは微笑みを絶やさないままに絶望的で辛辣なセリフを吐く。
「あなたの研究チームに所属していた方々、それぞれ一人一人の姿は元より、住所年齢は勿論のこと、家族構成も出身もメールア ドレスも電話番号も過去に旅行した場所も回数も、通っていた定食屋に愛車のナンバー、ペットの名前に好きな音楽のジャンルも、何 もかもを世界中の情報機関が調べ上げ晒し上げているのですよ?当然のことですが『百鬼夜行』もその程度のことはしています。その 上での発言なのです」
「先生、コイツらはバケモンだ、この程度のことでいちいち驚いていたら先に進まねぇ」
『化け猫』は椅子に腰掛け、膝に肘をつき顔の前で手を水平に組み合わせそう言う。
ニコニコと、上辺だけの好青年は全面肯定するように笑っていた。そして静かに部屋へ入り、後ろ手でドアをゆっくりと閉める 。
14
『化け猫』。
殺し屋は真木にそう名乗った。
「なぁに、通り名みたいなもんだ。深い意味を考えたら負けですぜ」
化け猫といえば、妖怪である。真木は一人の日本人としてその名前を知ってはいたが、どういった妖怪かは全く分からなかった 。
「尾が二本あるのかい?」
「そりゃ猫又でしょうが」
区別がつかない。
『化け猫』は真木を病院に連れてきた次の日、昨日よりもその両眼を鋭く光らせて病室に入ってきた。昨日と同じ、灰色のスー ツ姿だが。
「少々、面倒なことになっちまった」
そうボソリと呟くと、何も言わず真木の足元に座る。
この病院はいわゆる、闇病院なのだろうと真木は見当をつけていた。病室は暗く、日の光は差さない。看護師がいる気配すらな くて、建物の中で物音はしなかった。
「『百鬼夜行』って組織を知ってるかい?」
「いいや」
「まぁいわゆる、裏組織って奴だ。ここがまた馬鹿でかい上に厄介な組織でな、多分この組織が無くなれば世界が崩壊するだろう っていう程の、規模も権力も影響力も持ってる。誇張でも誇大妄想でもなく、確率の低い話でもなく、事実としてそうなんだ」
真木は一瞬、頭が回らなかった。頭の回らない真木をおいて、話は続けられる。
「そこのボスの奴と俺は知り合い、ってか腐れ縁でな。情報を寄越せという依頼をしたら、とんでもない代償と引き換えに契約し てきやがったんだ」
その代償とは。
三百億ドルと、『化け猫』の命を、隙あれば奪っていいということである。
「その契約を破棄すれば、」
「クーリングオフなんて言葉はねぇよ。契約は一度きり、全世界のありとあらゆる情報をだだ漏れにしてくれる代償は、三百億ド ルと俺の命だろうな。金なんざどうだっていいんだが、奴らはどうにも厄介だ」
真木はしばらく、事態をよく頭の中で吟味した。
「君は殺し屋として、かなりの腕なのだろう?それならば情報なんてものは自分で得ればいい話じゃなかったのか?」
「このスティクスはな、いまやどの国の政府も注目してやがる事柄なんだよ。スティクスの情報は今世界で最もホットなニュース だ。情報戦なんだよ。『百鬼夜行』の情報力は世界で間違いなく一番だ。情報力のトップは、敵に回すもんじゃない。バックに回すも んだ」
情報は力、という言葉が真木の頭に浮かんで、貼りついた。
13
女性同士とは到底思えない程物騒な会話を小耳に挟みながら、送狼が部屋の中心に置かれたボロい人工皮張りのソファにぐった りと身を預けた時、ガチャリとドアが開いた。
「遅れてすみません」
遅刻してきた転校生の様なセリフを吐きながら入ってきたのは細い目と、一分の隙もないスーツ姿が特徴的な、若い男性であっ た。
送狼の若々しさとは一風異なる、狡猾な若狐か烏を思わせる雰囲気がある。
「【烏】のヤタです、母さん」
「あらヤタ、元気にしてた?病気してない、怪我してない?」
「えぇ、いたって健康ですよ」
「なら良かったわ、これからすぐに依頼主の所へ向かってくれない?データは後からパソコンに送らせるわ」
「分かりました。かなり不本意な点がたくさんありますが、母さんの頼みなら仕方ありません」
不本意、という言葉が出た瞬間、ギロリと送狼はヤタを睨みつける。
「ペッラペラペラペラ喋り腐りやがってこのクソ烏が、なぁにが不本意だ、組んでやるだけ有り難いと思えよこのボケ」
「おや、体を使うしか能の無い愚鈍な狼が吠えても何にも事態は動かないと思うのだが」
「烏は烏らしく太陽にでも飛び込んでろこのこそ泥が」
「泥棒は【鵲(かささぎ)】だろう?教養もないと見えるな人食い狼どのは」
「はいはい二人とも、その辺にしてほしいんだねっ」
フェンはかなり低レベルな言い争いに無理矢理水を掛けた。
ヤタと送狼は最後にお互いを睨みつけてから、口を閉じる。
「それじゃあ、三人とも気を付けて、」
三人はピシリと、ドアの前に整列する。
ハーリティは満足そうに微笑むと、優しく言葉を掛けた。
「『化け猫』の喉に容赦なく食いついて来なさい、三人とも」
12
「いいじゃんいいじゃん、この依頼、俺らの担当にしていいよオフクロ」
「そう?じゃあアンタたち【狼】の二人と、ヤタの三人で頑張ってきてちょうだい」
「は、ヤタ?あの【烏】の?」
「そうよ〜、後30分ぐらいでこっちに着くと思うわ」
うっそだろオイ、と嫌そうな顔で言う送狼をほったらかして、ハーリティは恍惚の、羨ましそうな表情を浮かべる。
「アタシも行きたいな〜、そういう依頼。あ〜、ワーテルローでフランス兵を100人ぐらい殺したあの日が思い出されるわ…、 そうそう、クリミア戦争の時はロシア兵を200人ぐらい虐殺したものよ?あの時は流石に途中で飽きちゃって家に帰ったの」
フェンは「そうなのママすごーいねっ!」とはしゃいでいるが、送狼はイヤイヤイヤ何百年前の話だよ、と心の中で呟いた。心 の中だけに留めたのは何故だろう。
「第一次朝鮮戦争の時はゲリラ兵になって、北朝鮮兵もアメリカ兵も無差別に銃殺してったものだわ、国連軍も北朝鮮兵もさぞか し迷惑だったでしょうね」
「……限りなく真実に近い嘘は程々にしといてくれオフクロ、じゃないと馬鹿が信じる」
送狼は自分の横ではしゃぐフェンにちらりと視線を送った。「あら、」とハーリティはペロリと舌を出し、
「まぁ半分は冗談よ」
と笑う。しかしハーリティならばその程度のことはやりかねない。
「それから、『化け猫』を殺したらその首持って帰ってきて頂戴。その顔面に十発ほどコイツの弾丸を撃ち込みたいから」
そう言って、ハーリティがデスクの上からおもむろに取り上げたのはオーストラリア製大口径拳銃、Zeliskaである。こ のゼリスカだのツェリザカだの多くの読み方をされる拳銃は、長さ約50?、重さ6?というもはや拳銃とは言えない大きさを誇る。 ちなみにこの拳銃は象などの大型動物を捕らえるために開発されたものであることは余談として記しておくべきだろう。
「ママ、『化け猫』の愛用は何だったっけ?」
フェンは適当にデスクの上の書類をどかすと、空いたスペースに座る。
「確かニューナンブよ。あんなチンケで銃身の短い拳銃を使うなんてやっぱり日本人よね」
「銃身が短いせいで狙いもつけにくいし、何より安定性がないんだねっ」
隠匿性には長けてるけど、とフェンはとてもどうでもよさそうに付け足す。
11
「アタシはアイツの顔見ただけで殺したくなっちゃうからダメよ。大丈夫よ、すごく簡単な仕事内容なんだから」
「うん、それ聞いてないんだねっ」
人なつっこい表情を浮かべる少女に、青年は嫌そうな視線を送る。
「フェン、それ聞いたらこの依頼完璧に俺達の担当に、」
「送狼はイチイチ五月蠅いんだねっ、おバカで頭の足りない送狼は黙ってママの言うこと聞いてればいいんだねっ」
「てめぇはその五月蠅ぇ口を閉じろ、髪ペンキに突っ込んで青に染める様なノータリンにバカって言われたかねぇよ」
「二人とも言い合いはやめなさい、見苦しいわよ」
ハーリティがたしなめると、二人とも何かまだ言いたそうだったが渋々口を噤んだ。
「あの『化け猫』に、『STYX』っていう新生細胞の情報を伝えるだけでいいの」
「それだったら別の奴にやらせろって、そんな初めてのお使いみてぇな依頼やりたかねぇよ」
送狼、と呼ばれていた青年は眉を潜めて言い放ったセリフに、フェンはフフンと、嘲るような反応を送る。
「何が言いてぇてめぇ……」
「送狼は本当に頭が足りないねっ、『化け猫』からの依頼だよ?あの契約が、無条件に発動するじゃんねっ」
「はぁ…、あの契約って、あぁぁ、」
契約。
『百鬼夜行』は、報酬のみで依頼を引き受けるわけではない。勿論突っぱねる依頼だってある。だが、引き受けるか引き受けな いか、それだけに留まらないのがこの組織の特殊な所であった。
契約内容を簡単に言ってしまえば、ある一定の基準以上の依頼だと『百鬼夜行』側が判断した場合、
依頼者を隙あらば殺害しても良い。
その基準は極秘となっている。ちなみに殺された場合、金は半額しか戻ってこない。勿論、契約対象となった依頼者に、この契 約内容は知らされる。
『百鬼夜行』は敵なしと言っても過言ではない程の軍事力、個々の戦闘能力、情報力を誇る。絶対に敵に回してはいけない。味 方につけたならばこれ以上の組織は皆無である。
依頼者はこの事と自分の命、自分側の戦力を天秤にかける。その結果で契約を飲むか飲まないかを判断するのだ。
しかしハーリティの一存により、今回の依頼では無条件に、この契約が発動することとなった。
「『化け猫』、殺害ねぇ……」
送狼の唇の合間から、真っ赤な舌がチラリと覗いた。
10
「何ソレ、最近の流行なの?その依頼してくんのが。昨日からそればっかりよ」
『そうか、やっぱりな』
「予想がついてるならアタシの所に依頼してこないで。迷惑だわ」
『依頼して来た奴らのどこよりも好条件を出してやるから、俺だけに情報を流せ』
フウ、と一つため息を女性はつく。
「言ってごらんなさいよ」
『………報酬は三百億、』
「ダメね」
あっさりと、女性は条件を切り捨てる。
国際秘密組織、『百鬼夜行』。
依頼すれば暗殺でも護衛でも諜報でも密輸でも洗脳でもテロ活動でも情報操作でも絨毯爆撃でも破壊工作でも戦争勃発でも、な んでもやってくれる集団。
その影響力は決して表にはでない。しかし各国の政治経済はもとより、国家の行く末をも左右すると言われている。世界で起こ る事件の半数以上はこの組織が起こしており、その所業はもはや都市伝説の様に人々の間を流布している。
その首領は名前をハーリティという。しかしこの名前すら偽名の、正体不明の女性だ。
「行って来て、ね」
日が燦々と入ってくる、古ぼけたビルの四階。ここは『百鬼夜行』が世界に数億箇所持っている隠れ家の一つだ。
部屋の現在の主であるハーリティは部屋に置かれた、書類が万と積まれたボロいステンレスの机にそのかかとの高いパンプスを 履いた長い長い足を乗せてにっこりと微笑んだ。
ハーリティの目線の先にいるのは、二人の人間である。
「ママのお願いなら、仕方ないねっ」
そう言ってやれやれと肩を竦めながらも了承して笑うのは、ダークスーツに身を包み中折れ帽を被った、小柄な少女であった。 その顔はダークスーツが全く似合わないほど幼い。
「何で俺達なんだよオフクロ、昨日一日でシカゴに飛んで要人十人殺してきたってのに」
女性とは対照的に唇を尖らせて不服を申し立てるのは、青年であった。しかし青年という言葉が似合うのはかろうじてその若々 しい体のみ、顔は年齢の読みとりにくい典型的な童顔である。こちらは黒のシャツにジーンズという実にシンプルな格好である。
「だって、今のところあなたたちにしか頼めないんだもの、あのクソッタレな『化け猫』の元に送り込めるのは」
「あぁ?オフクロが直接行きゃいい話じゃねぇか」
9
ジリリン、ジリリンと、一昔前の黒電話の様な音が暗い室内に鳴り響く。
「うっるさいわ〜、ホントうっるさい、」
書類とファイルに入った資料が、ザッと見て5000は積まれているだろう。かなり雑な山になっている。その山から一人の女 性がボス、と顔を出した。
かなり、背の高い女性であった。多分その背はこの世の誰よりも高い。どれほど軽く見積もっても2mを越えているどころの騒 ぎではなく、2m30以上あった。もはや人類とは思えない身長である。
女性は目鼻立ちのくっきりとした、かなり整った顔立ちで、その服装はアール・ヌーヴォーを基調とした趣味のいいものであっ た。要するに身長のことさえ無ければ素晴らしい美人なのだ。
「はいはい、何?」
『ハーリティ、お電話です』
女性が握っているのは少し古い、コードレス式の受話器。そこから漏れてきたのはまだ若い、女の声だった。電話に出た女性は ボリボリボリと肩を越す髪を掻くと、不機嫌そうな声でそれに応じる。
「誰?」
『特殊依頼主です』
その単語を耳にしただけでチッ、と女性は甲高く舌打ちをした。かなり慣れた舌打ちであった。日常的に舌打ちをしていること はまず間違いがない。
「まぁいいわ、繋いで」
了解しました、という若い女性の言葉の後、数秒間が空く。
『よぉ、元気か?』
電話から流れてきたのは、初老に近い男性の声だった。
「電話なんか掛けてくるんじゃないわよダメ人間が。そんな時間があるんならさっさとくたばんなさいクズ人間が」
女性は矢継ぎ早に、受話器の向こうにいる話相手に向かって悪口雑言をブチまける。その悪口に負けることなく、男性は話し出 した。
『相変わらずだな』
「電話切るわよ」
『そう邪険にするな、依頼なんだからよ』
「さっさと言いなさい、十五字以内にまとめないとブチ殺すわよ」
『STYXに関する情報をくれ』
その言葉に、女性はピクリと眉を震わせた。
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