「――・・・」
チカゲが何かを呟く。
その瞬間、男達は何が起こったのか理解出来なかった。
一瞬にして彼女の前に居た数人の男が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
突然の事に男達は呆然と立ち尽くし、倒れて呻く男に歩み寄るチカゲを取り押さえる事も出来なかった。
彼らは大事な事を忘れていたのだ、彼女が魔法使い・・・しかもSクラスの魔法使いである事を。
「あの男はどこですか?」
今度はハッキリと、彼女は男を見下ろして聞く。その声はどこまでも冷え切っていた。
それに吹き飛ばされた男は立ち上がる事もせずに首を振る。
彼女は更に語気を強めて一語一語確かめるように繰り返す。
「わたくしは、クロウクイーンカンパニーですよ。二年前の私の両親の事は知っているでしょう?あの男はどこですか。ここに居 ると言う情報は既に掴んでいます」
それでも答えない男にチカゲは後ろで突っ立っている男達に目線を向ける。
返事をしない男達にチカゲは吐き気がする程の苛立ちを覚えた。
こんな魔法位で驚くくらいの実力しか無い癖に喧嘩を売られた事もあるがそれよりも自分の実力が知られていなかった事が嫌だっ たのだ。
――こんな男達に知られていないのではあの男なんか、わたくしの事なんて知らないかもしれない。
初めてこのスラム街に来た時もこの様に囲まれ、その事に酷く驚き絶望した。彼女が己の力を磨いたのは己の力を世に知らしめ、 あの男に見せ付ける為だった。
力を付け、己の力が世に伝わったのか確認の為にこのスラム街に来た。そしてそれはまだ達成されていなかった。だから彼女はこ のスラム街に通い続けている。
そして先日、彼女はこの二年の間に持った莫大な情報網でついに“二年前の両親の死について知っている可能性のある男がこの付 近に来ている”と言う事を掴んだのだ。
しかも運良く男が隠れている場所は己が通い続けているこのスラム街。このチャンスに彼女は今まで以上にこの街に足を運ぶよう になったのだ。
あの男の事を知っているのはチカゲだけだ。何故なら倒れている両親の前に立つ男を目撃したのはチカゲだけだったのだ。
その時男はチカゲの存在に気付く事無く、倒れた両親を一瞥してそのまま消えた。
まだ魔法が使えなかったあの時のチカゲは慌てて救急車を呼んだが両親が戻ってくる事は無かった。
2008年01月01日 22:46 by 瑪瑙 輝遊
チカゲ自信も、自分を知らない人間はいないと思っていた。
“自分の実力”さえも、この国に知れ渡っていると思っていた。だから、このスラム街を彼女は通っていたのだ。
近道だから、そんな理由で彼女は足を運び続ける。
だが、運転手が言っていたように、危険なことには変わらない。
「あんたさ、どっかの社長なんだろ?金くれよ、金貨五百枚ぐらいさ」
「クロウクイーンカンパニーですよ」
薄汚いってこの事だな、チカゲは目の前の大男を見てそう思った。そいつは、周りの人間よりもやや高い服を着ている。しかし、 彼女からすればセンスの欠片さえ感じられない。
すると、甲高い笑い声が耳に入った。チカゲは、視線を巡らせてみる。
「ケケケケ、あんたを人質にすれば二倍手に入るよ。金貨千枚」
くさい臭いが鼻につく。気づくと、囲まれていた。道には幅が無く、ぎっしりと男達に道が阻まれている。
「さあ、早く出しな。お・じょ・う・さ・ま」
嫌な声の響き。ふと、チカゲの目が細くなった。
※
貧困街――スラム街などと呼ばれるそこに、少女はいた。
実際のところ、金持ちの貴族や、普通の生活を送れる庶民などと呼ばれる人間達は、こういうところには近づかないのがセオリー なのだが、少女は目的があるかのように素早く足を運んでいく。
傍から見ればそれは、「好奇心旺盛な変わり者」だった。
歩くペースに変わりはない。
高貴でスラッとした姿の少女が前を通る度に、スラム街の住人は目を丸くしていた。
彼女の顔は広く、クロウクイーンカンパニーの製品の宣伝などにも自らが足を運んでしていたためか、一般的にこの国で彼女を知 らない人はいない。
また、例え高貴な商品がお目にかかれない彼らも、例外ではなかった。
「あのお姉ちゃん、前に助けてくれた人だよ!」
一人の子供がそう言った瞬間、狭い家の隅に群がっていた他の子供達もひしめき出す。その声は、微かに彼女にも聞こえた。
“孤児”などと呼ばれる彼らは、お金が無いためか、よくパンなどを盗む。
以前、いつものように盗みを働き、孤児の一人が捕まったことがあった。それは冬の寒い季節の出来事だった。
たまたま、調合用の植物を買い物に出かけていた彼女は、それに居合わせてしまったのである。
「なにをやってるんです、暴力は犯罪ですよ?」
落ち着かない状況で、落ち着いた声。
最初は聞かなかった店番だったが、この少女がチカゲだと分かると、すぐに騒ぎは治まった。
子供だけ捕まるのはともかく、自分が捕まるのは嫌だったのだろう。
彼女の目を見て、渋々と彼は店の奥へと消えていった。
それと同時に野次馬も消えていく。ふと、安堵の息が空気に混じった。
「これで、みんなの分のパンを買っておいで。もう、盗みなんて働かないでね」
彼女はそう言うと、ボロボロの布切れを着込み、泣きじゃくる少女に金貨を二枚渡した。
少女は金貨を手渡されると、もっと泣き出した。
チカゲはたった2年の間に鉱石の研究を進め、国をさらに大きく発展させた。さらにカンパニーを国の中枢に食い込ませ、政治の舵を もにぎるようになったのだ。自身も鉱石を使い魔法を操る魔法使いとなり、レベルSクラス、つまり最高位の魔法使いとして登録され ている。その力を使い両親の死の真相を暴こうとしている。などという噂もささやかれている。
「止めて。」
また彼女は車を止めた。
「このまま社に戻ってください。わたくしはここから歩いて戻ります。」
それだけ言い残し狭い路地を歩き出す。
「しゃっ社長。お待ちください。そちらは貧困街ですっ。お戻りくださいっ。危険ですっ。」
運転手が慌てて止める。チカゲはそれを一瞥しすっとめくらましをかけ、消えた。
2007年12月26日 20:58 by 春夏秋冬 葉桜 (ヒトトセハザクラ)
「止めて。」
少女の一声が黒塗りのリムジンを止めさせる。少女は車を降りた。
彼女の目の前には白い小さな物が散らばっていた。のどかな田舎の点滅信号の交差点。人通りもなければ車も通らない。
「社長。そろそろ。」
恐る恐る少女の背中に向かって運転手が声をかけた。
「これ。拾っておいてください。」
「えっ。ぜっ全部ですかっ・・・!?」
それ以上少女は何も言わず車に戻った。命じられた運転手はしかたなくすべてのタバコを拾い集め出発した。
少女、チカゲ=クロウはクロウクイーンカンパニーを束ねる若社長だ。実際は若すぎるのだが・・・。現在十六歳。そんな彼女が カンパニーを束ねる事となったのにはそれ相当の理由がある。
今から2年前。当時科学水準の非常に高かったこの国に、ある異変がおきた。ある鉱石の出現だった。クロウクイーンカンパニー の調査船が海底より持ち帰った鉱石に、魔法を動かす物質が含まれていたのだ。魔法の存在はすでに確認されていたのだが、それに干 渉する事は許されていなかった。人類は大きな力を前に指をくわえて見ていることしかできなかったのだ。よってこの鉱石の発見は人 類にとって大きな発見であり、進歩の大切なきっかけとなった。その鉱石を発見した調査船を指揮していたのが彼女、チカゲ=クロウ だった。チカゲが鉱石を持ち帰るとほぼ時を同じくして彼女の両親は亡くなった。死因は心臓発作。その後、チカゲは周囲をすぐさま 黙らせ社長の位置についた。彼女が社長の座欲しさに両親を殺しただの、鉱石の力をためす実験に両親を使っただのいまだ悪い噂は絶 えないが、彼女の実力は本物だっので皆心の内にそれらを押し込めた。
2007年12月26日 20:58 by 春夏秋冬 葉桜 (ヒトトセハザクラ)
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