三週目 霞弐
一部
「ねぇ、どういうこと?」
シューラが立ち去った後、セラは綺麗に食べ終えた後にエリックに訊ねた。
日は先程と比べて大分昇っており、街にも活気が戻りつつある。
「あの女が言ってたこと思い出せ」
「……確か、仲間になれとかいってたっけ?」
「あぁ……」
エリックは分かりやすいくらい顔を歪めた。
「恐らく、あいつは人間と手を組んだ。そう考えれば万事の説明がつくんだ。俺を引き込もうとしたのも、俺が自由に人間の世界 を散策できる立場を買ったんだろうな……そいつが引き連れていた、無機物生命体の様なものも、恐らくは人間の文化の発展に伴って 現れたものだろうな……」
「無機物生命体?」
「自然のものでない、人間が作ったモノが魔術師の村に立ち入らせることができると思うか?恐らく、そこらへんを走り回ってる 鉄塊の進化したようなものだろうと俺は推測する」
エリックはそこで言葉を切って、セラの表情を見た。
今ひとつ目の焦点があっていない。恐らく、ほとんど理解できてないだろう。──何故こいつと組まされたのかが良く分からな い。本当に、こいつが村で俺に次ぐ実力の持ち主だってのか?
「……それでどうするの?」
セラは困惑した表情を崩さずに訊いてきた。エリックは相変わらず眉一つ動かさず淡々と答える。
「……ここまで発達しているんだ。情報を伝達する技術くらい、整っているだろう。まずそこから、今の情勢を知るんだ。それが 俺達の正規の任務だからな」
「もしも無かったら?」
「先代と同じく、自分の脚で集める」
エリックの即答を聞いたセラが肩を落とした音がくっきりと聞こえた。
弐
「その子供・・・・・白い女を見た、とか言ってなかったか?」
セラはハッと先ほどの女を思い出す。
「・・・・・よく分かったな。村のあった場所には全身真っ白な女と、複数の人間。それからやたらとでかい自然の物じゃない物 があったらしい。子供は本能的にそいつらには近づかなかったらしいが、何が置いてあったのかがハッキリしないんだ・・・・。」
エリックはほんの少し、顔をゆがめ、何かを考え出した。
「ねえ、シューラはその事を伝えるためにここまで来たの?それに、その子は今どうしてるの・・・?」
セラは分からないなりにも何とか理解しようと、シューラに聞いた。
シューラはセラらしいな、と思うとふっとほほえんだ。
「大丈夫。子供は今俺たちの村で預かってる。俺もお前らにこの伝言伝えたらすぐに帰るよう爺さんに言われてんだ。で、エリッ ク。何か考え付いたのか?」
「・・・・・・・・・ああ。悪いが、その子供に女と一緒にあったものを絵に描くよう、言ってくれるか?できたらそれを持って きて欲しいんだが・・・。」
「爺さんがうるさいからな・・・・。ま、やってみるさ。二、三日かかると思う・・・・町で待っててくれるか?」
「エリック、何か分かってるの?ねえ、どういうこと?」
シューラは可愛い物を見るようにセラを見、エリックはため息をつくと言った。
「セラ・・・後でゆっくり説明してやるから黙っててくれ。・・・・・・・・・悪いが、まだ確信は無いんだ。その子の絵しだい でな・・・・。」
「分かったよ。戻ってきたらちゃんと説明してくれよ?じゃあ、いってくる。」
そういうとシューラは先にどこかへと走って行った。
三週目
一番 螢羅琴音
壱
「ところで、シューラはどうしてこんなところにいるの?というか、よくこの場所が分かったね。」
三人は近くにあった岩に座りながら食事をしていた。
そんな中、ふとセラが気がついたのだ。
「馬鹿か、お前は。俺らの居場所は常に村に分かるようになってる。じゃなきゃなんであんな不味いもん飲むか。」
「えっ・・・・・アレってそういう・・・・・?」
自分の無知に赤くなりながらも、セラは早々に話題を流した。
「あ・・・・そういえば、シューラ儀式の時もいなかったよね。なんだったの?」
普通の魔術師は特別に許されない限り、村の外に出る事すらかなわない。
しかしシューラはその立場と実力が認められ、頻繁に他の村との間を通信使として行きかっていた。
「ああ、いけね。忘れるトコだった。いいか、よく聞けよ・・・。」
シューラはそれまで二人のやり取りを笑ってみていたが、いきなり真剣な表情でセラとエリックを見つめた。
ただならぬ様子を感じたふたりは食べる手をを止め、シューラのほうに向き直った。
「この間から東の・・・・ほら、オズウェ長老の村があるだろ。あそこからの連絡が急に途絶えた。んで長老に言われて行ったら ・・・・・・消えてたよ。」
「消えてたって・・・・村が!?」
魔術師たちが他の村へ行く時は村ができた時、当時の精鋭たちの知恵を振り絞って作られた魔法陣を使って移動する。
そのため道を間違った、などということはありえない。
二人は耳を疑った。
「ああ。綺麗さっぱり・・・な。だが・・・・・幸運な事に、一人生き残りがいたんだ。」
セラの顔が一瞬ほっと緩んだ。
一人でも生きていればいいに越した事はない。
「まだ子供でな。近くの森に行っていて、帰ったら村がなくなっていたらしい。わずか一時間ほどだ。」
「たった一時間だと・・・?魔術ではありえない事だろう。」
たとえどれだけ優秀な魔術師でも、村を丸々消すことなど絶対に出来はしない。
かといって、人間が魔術師たちの住む村を見つけることもありえないはずだった。
なら・・・・エリックは、一つの可能性に思い至った。
弐
「何をするつもりだ!!」
「万有引力って知ってるか?」
エリックが突然そう言った
「何だ?それは」
「確かなんていったかな。そっちの科学者の1人が見つけた原理で全ての物は地球の中心に向かって重力がかかってるんだ。」
「だから何だ?」
エリックはセラを指差しながら言った
「そこのバカよりもっとバカだな。グレイヴ・グレイヴ!!」
「あ・・・・足が・・・・・」
きっと彼らの恐怖は言葉では計り知れないだろう
だがセラ達からしてみれば笑いの止まらない状態だった
「せーこうだな。エリック」
「ちゃんと記憶消してくれた?」
「あぁ。」
エリックは珍しく笑いの表情を見せた
「さっきのあれって何?」
「幻だ。まぁ実際に引力を使うのも可能だったがあれだけの奴等にはもったいないしな」
「それとさっきの言葉。今取り消すなら許してあげるけど」
エリックはそこだけ無視した
「聞いてるの?エリック!!」
「黙れ。」
またエリックは歩き出した
「相変わらず気紛れなやつだな・・・」
三番 葉月楓
壱
「・・・・・・」
二人とも静まり返ってしまった
片方は謎を解決しようとしながら。片方はただ単に日の出に見とれながら。
エリックはバッグの中から金文字の本を取り出すと記憶し始めた
セラはまだ日を見てはニコニコしている
「いつ何時でも魔法記憶は忘れるな。そう言われなかったのか?」
「言われたけどついつい忘れちゃうの!!」
エリックは軽く苦笑いしながら本を閉じた
「俺は終了だ。」
その時遠いところで何かが爆発したような音が聞こえた
セラは自分が間違えた魔法を使って物が爆発した事を思い出した。
「おいおい・・・・。これはどうなってんだよ・・・・」
「出て来い!!お前達は包囲されているぞ!!」
セラは困惑顔でエリックを見た
「やっぱりこいつらを野放しにさせたあの爺さんは帰ってからきつーく言ってやらないとな」
そう言ったのはエリックではなかった
「いよぉ。久しぶりだな。エリック。セラ。」
そこにいたのは長老の孫に当たる一人前の魔法使いのシューラだった
「あれ。ちゃんと記憶してあるよな?」
「勿論だ。」
「それじゃ行くぞ。エリック!!!」
二人は手を掲げた
弐
「どうかしたの?」
セラが訊ねてみると、エリックはそのまま顔をしかめた。
「お前……とことん鈍感だな」
流石にそこまで言われるとむっと来る。
「何がよ」
「鉄の箱がそこらじゅうを動き回ってんだぞ。これを見て不安に思わない奴がいるか」
エリックの言う鉄の箱とは車のこと。
「何で?進歩したからこれくらい当然じゃないの?」
セラが首を傾げて訊くと、エリックは眉間に寄っている皺を更に深めた。
「いいか。木造建築物ができるのに、魔術師が人間と絶縁してからざっと三千年と掛かってるんだ。さらに国という自治体ができ るのに五百年掛かっている。そして、百年前の報告では、こんなことが報告されていなかった。これが意味すること、分かるか?」
セラは首を横に振った。エリックはため息をつく。
「進化の速度が異常なんだよ。たった百年での進化とは思えない」
つまるところ、技術革新が著しいほど、人類は魔術師の撲滅が容易になる。エリックはそれを危惧していた。
最新の魔術師と人類の戦闘は千年ほど前。魔術師の力を恐れた人類が、『魔女狩り』と称して不意打ちで勝負を仕掛けてきたの である。
無論、魔術師たちは魔力で人類を退散させた。だが、ここで初となる死者を出してしまった。その直後行われた調査によって、 そのとき使われた武器などの詳細などが分かった。きちんと対策をたてておけば、安穏に終わった戦だったのだ。
だが、それは千年前の話。今の人類では誰も覚えていないだろうし、信じても居ないだろう。
だがエリックは不安で仕方がない。
あの同族殺しが、このタイミングで自分たちの前に現れたことも腑に落ちないのだ。
「……まさかな」
エリックはとんでもない想像を一瞬してしまい、自分の想像力の逞しさに心の中で苦笑する。
──まさか、あの女と人類が手を組む……なんてな。
二番(二周目) 霞弐屍兎
壱
「これがここら一帯の人間達が使っている通貨だ」
「つうか?」
「金だ。物品交換をするときの媒体といったほうがいいか」
「……?」
エリックは舌打ちをして、強引にセラの掌に小銭を載せた。こいつには説明するより実践した方が呑みこみが早そうだ。
「……あ、エリック見てみて、日の出だよ!日の出!」
セラが東の空を指差してはしゃぎ始めた。
魔術師が住む森は、四方が山に囲まれている上に森が視界を遮っているので、日の出を見ることは少ない。こうして、白みを帯 びた太陽が低い山から現れる光景を見ることは、一生のうちでも今だけかもしれない。
「……調査って具体的に何をするの?」
人類の文明は進化した、と漠然と伝えられていただけなので、どのように進化したのか調べるために村(街)を散策していたセ ラとエリックだったが、セラはそのどうしようもない沈黙に耐えかねてそう訊いた。
「生物ってのはそう簡単に進化するもんじゃない。何百年何千年と時を経てその環境に適した体を手に入れていくのは分かるだろ う?この調査が百年周期なのはそのためだ。人類といえど、そこまで進化は急激ではないだろうし、あまり頻繁に魔術師を外に出して も負担が増えるだけだ」
「そうじゃなくって……何を調べるのって……」
セラがもごもごと言い返すと、エリックは顎に手を当て目を眇めた。
「人類の進化の過程、魔術師に及ぶ影響、今の人間の思考。とにかく、今の人類が有する情勢全てだ」
結果的に、セラ達の功績次第で魔術師たちが生きるか死ぬか、運命が決まる。
万が一、人類が魔術師完全撲滅の為に何らかの技術を得ていたとすれば、魔術師達は暫くの間避難することとなる。そんな情報 が得られなければ、魔術師達はとっくに絶滅している。現に何度か人類の攻撃を退けた例があるらしい。
「ヘぇ……」
セラは関心深げに興味がなさそうに聞こえる相槌を打つ。
そしてまた沈黙がその場を支配する。
セラは横目でちらりとエリックの横顔を眺めた。その表情には焦りの様な、不安の色が滲み出ている。ような気がした。
弐
女が消えると、エリックは再び黙って歩き出した。
セラにいたっては何が起こっているのかまったく分からず・・・・。
ただ、彼の後を追ってぼんやりと先ほど起こった出来事を思い返していた。
「・・・・・ここだ。」
「えっ・・・・・うわぁ!!」
突然、エリックが立ち止まった。
考えながら歩いていたセラに止まる事はかなわず、そのままエリックの背中にぶつかった。
鼻を押さえて離れたセラを見ると、エリックはやれやれ、とでも言うかのように肩をすくめて見せた。
「何をぼんやり歩いてるんだ。それでも十六か?・・・・しっかりしろ。」
「むぅ・・・・ごめん。で、何?」
エリックは体を少しだけずらすとセラに目の前の景色を見せた。
「うわぁ・・・・・・明るい。ここってもしかして・・・・。」
「ああ。人間の村だ。」
セラの顔がパアッと明るくなった。
「すごい!夜なのに光がキラキラで・・・・・村とは全然違うのね!」
「ああ。人間の世界には電気があるからな。村のように炎で明かりはつけないんだ。」
当然のことのように答えるエリックに、セラは感心してしまった。
「エリックっていろんなこと知ってるのね!ねえ、早く行きましょう。」
「あ、おい待て!」
エリックは慌ててセラの肩を掴むと、自分のもとへ引き戻した。
「おい、お前魔女狩りって知ってるか?」
魔術師なら知らないものなどいない。
そのために人間は人里を離れ、隠れ住むようになったのだから。
「え、ええ・・・・もちろん。それが・・・?」
セラが問い返すと、エリックは深々とため息をついた。
「あのなぁ・・・・昔に比べて人間の文明は発達した。だが、俺たち魔術師のことが忘れられているとは限らないだろう?」
「大丈夫よ!だって私たち姿は人間と変わらないじゃない。魔術さえ使わなければばれないわ。」
セラがあまりにも警戒心を持たない事にあきれつつも、エリックは彼女をとめることは出来ないと判断した。
「仕方ないな・・・・行くぞ。」
「うん!!」
二人は町の門に向かって歩き出した。
螢羅琴音
壱
彼女の顔は白いフードに包まれ、その目はまったく見ることは出来ない。
「そう警戒するな。私は同族と戦う気など無い。」
女は至極当然のように言うが、エリックがそれを鵜呑みにする事は無かった。
「嘘も大概にしておけ。お前の体からは魔術師の血の匂いがする。」
セラは一瞬息をのんだ。
そして驚きと不安の入り混じった目で女を見つめ、小さく呟いた。
「―――同族殺し・・・・。」
同族殺し――。
それは、魔術師の世界では絶対の禁忌。
同族を殺した魔術師は穢れが体に住みつき、二度と魔術師の村へ足を踏み入れる事はかなわない。
そして、人とも魔術師とも関わる事無く生きていかねばならないのだ。
しかし、同族殺しが現れることなど、ほとんど無いと言ってよかった。
何しろ魔術師は本来優しい性格の持ち主ばかりのため、争いを好まないのが普通だったからだ。
同族殺しなど、セラの中では言い伝えの中にしか出てこないような存在だった。
「よく分かったな・・・・。そう、私のこの手は仲間の血にまみれている・・・。しかし、私はそれを穢れているなどとは思わな い。生かすものがいれば殺すものもいる・・・・。それは世界の道理、すなわち必然なのだ。」
「そんな事はどうでもいい。俺たちに何の用だ。」
エリックは早々に話を止めさせ無表情に問う。
女は自分の話が流された事も気にせず、そっとその手を伸ばした。
「・・・・私の仲間になれ。お前も気づいているだろう?自身の中に住むその黒い存在に・・・・。」
エリックは一瞬ビクッと体を震わせた。
「今はいい。だがそいつはすぐにお前を侵食しにかかるだろう。お前が生きるには私につくしかないのだよ。」
女がほんの少し微笑んだ気がした。
「嫌だ・・・・・俺は・・・・・。」
「まだ捨てられないのか?・・・・まあいい。まだ時間はある・・・・再び私が訪れる時までに答えを用意しておくがいい。」
そういうと女の姿は薄くなり・・・・・次の瞬間には消えていた。
弐
目の前の村は消え、目の前には森が聳え立っていた
「まだそれほど遠くには行ってない」
エリックは冷たい表情で歩き出した
「歩くの?」
「百回聞くより目で見て確かめろ。それが決まりだ」
セラは気になる事を聞いてみた
「さっきの銀文字の背表紙の本は何?」
エリックは急に足を止めた
「言えない過去・・・・・過去・・・・過去・・・・だな。少なくともお前の頭が分かるような問題じゃない」
エリックはゆっくり歩き出した
「少しでも良いから教えてよ。」
「嫌だね。我慢しな。後其方さんもね!!」
詠唱もせずに彼は近くの木を燃やした
「出ておいでよ。別に魔術師同士対決しても無駄なわけだから。さっきからずっと追って来てる訳でも聞かせてもらおうか」
「さっきっていつ?」
「ここに着いてからしばらくたってだな。なぁ、そうだろ?」
「鋭い男に会ってしまったか。運が悪いな」
そういいそこから出てきたのは白いローブを着た女性だった
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