一番目 霞弐屍兎
壱
この島は、元々無人島だった島を買い取って利用したらしく、開発が進んでいない高台等といった場所には、原生林が手付かず のまま残っている。意外とこの原生林は多く残っており、現在島の面積の三分の二を占めている。
その原生林の中、春樹は白羽という少女を連れて追っ手から逃げていた。
小柄な体躯に服装は着物と、どう考えてもその風貌は土御門の刺客とは思えなかったが、皇という氏を聞いて納得した。うろ覚 えだが、魔術を使う家系だったと記憶している。
「……どうして……」
さっきからこの少女はそう繰り返し呟いている。
土御門側の刺客であるはずの彼女が、先ほど春樹たちと同様に土御門に襲われているのである。つまり、土御門が彼女達を裏切 ったのである。
「……もうこの辺には居ないかな……」
春樹はそう呟いて足を止めた。後ろについてきている白羽もそれに倣う。
「大丈夫?」
「……はい……」
「別にそんな堅くならなくてもいいよ。今じゃ立場は同じなんだから」
「……うん」
春樹がそう言うと、白羽は俯いて答えた。
春樹にもその気持ちは分かる。亜季の安否が心配だ。まぁあの亜季がそう簡単に負けるとは思えない、むしろ心配されているの は自分の方かもしれないと思い、春樹は苦笑いを浮かべる。
「あ、これ……怜治のナイフだ」
白羽が突然地面に屈みこんで言った。春樹が彼女に近づいてみると、彼女の手には銀色の刃物が握られていた。ナイフというよ りは、投擲用のダガーのようだ。
「そんじゃこの近くに居たってことか……ん?」
春樹がそう呟いて周囲を見渡すと、一本の木に不自然な染みができているのを見つけた。赤黒い、葡萄の絞り粕を濃くしたよう な色をしている。
「……血……」
それも少量ではなく、木の根元まで広がっている。
亜季は怜治と一緒に居るはずだ。春樹の脳裏に嫌な想像がよぎる。
「……あれ……なんだろ」
負方向への思考を首を振って追い出し、春樹がその白羽の声の方を向くと──ぼろぼろになっている、亜季の着物が白羽の手か らぶら下がっていた。
「亜季……?」
春樹が声にならない声を上げたそのとき。
「春樹ぃぃぃっ!!」
もう聞くはずが無いと思っていた声が聞こえてきた。それと同時にヘッドホンに雑音が漏れる。
「スイッチ」
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